2009年01月04日

短編/絶対絶滅-フランシーヌの場合(後編)

前編はこちら→(前編)
 
とにかく2人はその土地で生活をはじめた。
海岸近く、目がおかしくなりそうほどの黄色のペンキで塗り立てられた4階建てアパートで暮らしはじめた。別々の部屋で。

激しいスコールの後、
世界の終わりを象徴するような巨大で美しい虹を眺めながら
彼女はいろいろな努力を(あくまで心の中でのこと)してみたのだが、男に対しての嫌悪感は募るばかり。
「これでは地球人類が滅亡するではないか!」とは思うものの
彼女にとって、この男性は全くといっていいほど魅力が無いのだ。
男の性格は、その外見をみるにつけ女性と接することがほとんどなかったのだろう、ひどく内気でその歳に似合わないほど純朴。
話しかけると頬をあからめて、どう返して良いのか分からなくなってその場に居る事が苦痛になったような顔をして逃げて行く。
いわゆる『OTAKU』という系列なんだろう。
日本人とは、あんなにエキセントリックでオーバーアクションなアニメーションのキャラを創造するくせに
どうしてこんなに「何を考えているのか分からない薄ら笑い」しかできないのか。
食べ物を集めてくる才能は野生動物並に上手かったが、
会話をすると歯槽膿漏の臭いがもの凄過ぎて2分と続かなかった。
勿論、2人の貧相な英会話も原因のひとつだった。
結局彼女は、男を「こやつはペット、私のオバカなペットちゃん!」
と思い込む事にした。

そして、なんとなく3週間が過ぎたその朝
重たい雨雲が裂けた空から巨大な宇宙船が音も無く降りて来た。
映画で見たような銀色のタラップがヌルリと落ちて来て
姿を現した異星人はヒューマノイドタイプ。
それこそ映画俳優のようなハンサムだった。
フランシーヌの心は初めて見る宇宙人という恐怖より
ハンサムな男の出現の方にアフ〜ンとときめいた。
「ワタツィはあなた方の言うところの金星からやってきたワタツィです。この星の人類としてのイケノコリは、あニャたとあニャた。二人だけでシ。」
彼は丁寧な英語でそう語った。
ただし、それだけを語るのに2時間かかった。
「あなたを標本にシタスィ。来るでスィ」
金星人のイケメンは一晩かかってそのようにクドいて来たが
「標本」という言葉が気に入らなくて、その誘いを断った。
彼女の断る言葉は1秒もかからなかったが、金星人達はその言葉を理解(グロク)するにも次の日の夕方までかかった。
宇宙船は、最初と同じように静かに去って行った。

彼女が異星の客と対峙している間、
男の方は沼でとれた猫ほどの大きさのカエルを干物にしていた。

その二日後、
今度は、黒板を引っ掻くような神経を逆撫でるようなノイズをたててあたりの風景が歪み、崩れた世界がトンネルのようなものを形成したかと思うと、その向こうからこれまたヒューマノイドタイプが数人歩いてきた。その中の一人が、フランシーヌの前に立つと、持っていたスーツケースの中から、プラスチックの額に入った一枚の券を見せて説明しはじめた。
しかし、その言葉は全く聞いた事のないもの。プツプツと接触の悪いラジオのような発音でジェスチャーも大きくまくしたてているのをしばらく観ていて、彼女が推測した内容とは、
「宝くじでこの世界が当たったので、お前は俺の賞品だ」
どうやら違う次元から来た人らしい。
この男も、金星人に負けず劣らずのオトコマエだったが、ひとつだけ、生理的に受け付けない部分があった。
男の眼がある部分にはポッカリ穴があいており、そこから大量のミミズのようなものが絶えずヌルヌルと出たり引っ込んだりしているのだ。
男が自分の言葉に興奮してくると、そのミミズの出入りが激しくなり、黄色い汁まで出てくるところを見てしまい、
彼女は男の前で盛大に嘔吐した。
男は、彼女の口から胃液が糸が引くのをじっくり眺めてから
今度は自分の後ろに立っていた宝くじ協会の委員だろう
男達にまくしたてはじめた。
彼らは、相当時間をかけて当選者をなだめすかし
男の肩に手をかけて空間の歪みまで連れて行った。
当選者は、最後の一瞥を彼女にくれると、ベッと唾を吐いて
歪みに向かって去って行った。
吐いた唾の中には例のミミズが数匹のたうっていた。

彼女が異次元の客と対峙している間、
男の方は子牛ほどの大きさのクマネズミの背中に乗って
半日ロデオを続けた後、弱って来た鼠の両目にとどめの親指を突き立てていた。

その4日後、
「君ほどの知的な存在がこの粗野な世界で埋もれて消え去って行くのは見るに忍びない。この僕の伴侶となってくれないか?」
彼女は、素晴らしいプロポーズを、これまた素晴らしく渋いハスキーボイスで聞いていた。
ただし、そのプロポーズをささやいたのは、母猿に抱かれ
足が育ちの悪い人参のように萎えている小猿だった。
「私の母が、食べ物を探して壊れた発電所の中に入ってしまったのが原因で、こんな姿になってしまったのだが、かわりに考える能力をも授かったんだ。」
猿は鼻をフンフンいわせながらそう語った。
「ここに来るまでにいろんなヒト文明の遺産を見て来た。
君のところにやって来た異星人や異次元の男達の話から、君がこの世でただ一人のヒトの女性である事も知った。であるなら、君は、この世界のヒトが作り上げた全ての文化文明の半分を相続しているんだよ。ピラミッドもナイアガラの滝もwindows vistaもLinaxOSも君らのものなのさ。僕はこの文化文明を深く知りたい。ぜひとも君の協力が必要なのさ。勿論そんなオマケ以上に、君のヒト的美しさに気を惹かれている僕がいるんだ。見ての通りひざをついて求婚することは出来ないけれど、どうか僕の気持ちをうけとって、イエスといってくれ。」

フランシーヌは、しばらく黙った後「遠慮します」と一言いった。
彼女はもともと胸毛嫌いだった。

彼女が紳士的な猿と話している間、
男の方は、鼻から花びらのようなトゲの生えた熊ほどの大きさのモグラを相手に相撲のような闘いを続け、長い爪で右耳の下から胸にかけて深々と肉をえぐられて倒れた。3日ほど、そのまま倒れていたが4日目にムックリと起き上がって、乾いた傷跡をしばらく見つめたあと
とぼとぼと歩いてアパートに戻った。

ようやく何も来なくなって2週間ほどたったある日
その夕方も連日のごとくスコールが海岸近くの街を襲った。
雷を伴った豪雨の中、彼女はアパートの一室のドアから異様な臭いがするのに気がついた。新しい腐臭だった。
おそるおそる覗いてみると、ああ、その向こうの細い廊下には
あの男がうつ伏せに倒れているではないか。
口と鼻を手で覆いながら男の近くに寄ってみると、かすかに呼吸を続けているのがわかった。
呼吸と呼吸の間に時折起こる痙攣で、横たわって盛り上がった汚い白シャツの腹が波打っているのを見ていると
急に、この世界が始まって以来最大の恐怖がフランシーヌの心を襲った。何かの終わりを示す光景を目の当たりにした彼女は、雷光で浮き上がる腹に釘付けなったまま、訳の分からない大声を上げて叫びだした。
その大声は雷鳴にかき消されたが、その表情は般若の面そのものだった。
彼女は、臭いの酷いのも気に留めずにうつぶせの男の肩を持ち上げて部屋から出し、自分の部屋へとそのまま引きずって行き
ベッドに寝かせ、汚物だらけの下着を脱がせて綺麗に拭き上げた。
その際、モグラの爪で出来た大きな傷にもおののいた。
もしかしたらこの傷が原因かもしれないと思い
沢山の毛布を被せて彼を暖めておいて、薬を探しに出かけた。
近くの薬局までは5分ほどでたどり着いたが、置いてある薬名はいずれも
インドネシア語で書かれていた。仕方なく絵柄から抗生物質の入っているらしきものを選んで慌てて戻り、その錠剤をつぶして水に混ぜ、男の口に流し込んだ。
男は急に入ってくる水にむせて吐き出してしまう。
かくなる上はと、彼女は薬の溶けた残しの水を自分の口に含んで
口移しに含ませた。これは上手く行った。
男はぐったりとしたまま寝始めた。薬に多少なりとも睡眠作用のあるものが入ってたのかもしれない。
それを見た彼女は、ベッドの横で緊張の糸が解けて同じように居眠りを始めた。
夜半、床がガタガタとなる音で目が覚めると、
男が蒼白な顔を貼付けたまま、ベッドの中で激しい痙攣をしていた。
「Samuiiii....!Samuiii....!」
「どうしたらいいの?!」彼女はうろたえた。暖めなければ。
彼女は自分の服を脱いでベッドに潜り込み、震える彼にしがみついて
泣きながら体中を擦りだした。
いろんな事をあやまりながら、置いて行かないで欲しいことを訴えながら擦り続けた。時々、その手を彼の硬直した頬にあてて乾いた唇に何度もキスをし、再び体中を擦り続けた。
そうやって時間も忘れ一晩中擦っていると、やがてマラソンランナーのごとく苦痛を通り抜け、フランシーヌの心は熱の間を高みに登って行き光の点となって消えて行った。

いつの間にか朝になった。
目をさますと、隣で片肘をついてじっと見ていた男が
彼女の青い瞳に驚いて、少し後ろに下がろうとした。
男の顔色は戻っておりいつものごとく赤面して、何かいい訳の言葉を出そうとしていた。
フランシーヌはその口を手で押さえて、彼に抱きつき再び乳房を押し付けた。

驚くべき事があった。これは偶然なのかどうなのか。
彼は、素晴らしい技術を持っていた。
彼女は、それこそ獣のような声を何度もあげて、白目を剥いて失神し
気がつくと再び彼を求めた。素晴らしい相性の元に、幾晩も幾晩も数々のハーモニーを響かせ続けた。
二人は、砂時計の上に残った最後の一粒だった。
そして彼女の子宮こそが最後の最後に残って、二人が撹拌を繰り返し
砂時計は、あざやかにひっくり返った。


「今度、我々が同じ道を歩まぬよう教育するために、ヒト文化記念博物館をつくりたいんだが、いいだろうか?」
サングラスをかけたアップリフトが、ビーチチェアの真ん中にちょこんと座って、ヤシの実ジュースを飲みながらフランシーヌに語りかけてくる。
アップリフトとはこの猿が自分で付けた名前だそうだ。
5年経っても彼の身長は小猿のままだった。
「勝手にすれば?けど、ヒトはまた増えるわよ。増えてまた愚かな事をはじめると思うわよ」
そういって彼女はビーチチェアから、白系ロシアの母親からもらった金髪と地毋神のような巨体を起こした。
沖から、舟が帰ってくるのが見える。手を振っている痩身のシルエットは
あの病気以降めっきり痩せたあの男、彼女の最愛の人だった。
痩せた顔は往年の名優ジェラール・フィリップそっくりではないか。
彼女も肉襦袢を着たような腕をブルブルと振りかえし、もう片手は5人目の子供が入った腹を擦っていた。
猿はサングラスの奥でヒトのよう笑みを浮かべながらこう言った。
「君たちを見ていると飽きないね。まったく。」


おしまい。
posted by tom at 08:08| Comment(1) | TrackBack(0) | 短文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
変に長くなっちゃいました。
文章も未消化ですが
とりあえず、正月第一弾としてアップしました。
最近、こういう人類の危機的な物語が、シンクロニシティな感じであちこち出て来てますが、偶然なんですかね?
あえて「竹取物語」も加えてみましたが。
Posted by とむ at 2009年01月04日 03:00
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