2008年10月30日

短編/絶対絶滅-フランシーヌの場合(前編)

 あの恐ろしい数週間が過ぎ去って、フランシーヌは孤独になった。
皆が次々と血を吐き倒れ、パリの街は22歳の彼女ひとりになってしまった。
(犬猫系も絶滅。ただし、他の動物達はなぜか平気だったようだ)

彼女はその病気をいくつかの小説になぞらえて
「キャプテン・ベラスコ」と名付けてみたが
大学では現代芸術を専攻していたため
自分が生き残った要因が何だったのかはわからないまま。
しばらくは教会に通い、神に祈りを捧げ続けたが、
説教台のかたわらでひたすら腐って行く牧師を毎日見ているうちに、
無常観が押し寄せて通うのをやめた。

ひと月ほど過ぎたある日、モンマルトルの街角のアパートの一室で
おしゃれな古着を物色していた彼女は、名優ジェラール・フィリップのポートレイトが貼られている下、アンティークな無線機
(アンティークなくせに落雷時用自家発電機が付いていた)から漏れ出る
外国語らしき言葉を聞き、飛びあがった。
その振動で落ちて割れる砂時計。
マイクの向こうに居る男性との会話は、英語。
学生時代に授業をサボっていた事をこの時後悔したが、遅かった。
ただでさえ髑髏のような顔をしていた英会話教師は
今頃本当の髑髏になっている事だろう。
しかし、つたない会話を続けるうちに
彼女は、他の土地でも同じ状態だということを知った。

豪華なヨットを選んで、初心者向けマニュアルを片手に
ペットとして連れ込んだミニブタのジェロームとともに
悪夢のような4ヶ月の渡航。
白系ロシアの母親からもらった白い肌と金色の長髪も
吹き付ける潮風で荒れ果てて
ジェロームが彼女の血肉になった頃
ようやく、たどり着いたのがスリランカの最南端ドンドラの港。
ミニブタの骨がアーティスティックに飾られた手回し蓄音機からは
マーラーの「大地の歌」から『青春について』が流れている。
波間に白い砂浜が見えてきた。
無線機を通して決めた場所。
そこには、夢にまでみた
「地上での最後の男性との出会い」が待っているはずだった。

しかしそこに居たのは、
おそらく白だったろう伸び切ったランニングシャツで
はち切れそうな腹を隠し
これまたフックがはじき飛びそうなベージュのパンツを履いて
分厚い眼鏡をかけ「妖怪河馬男」に変身する途中のような
ネジが一本どころか、ほぼ全部抜けているような顔をした
44歳のアジア人だった。
フランシーヌが「はえ?」というと
男が「はぁ?」と答えた。
李白の詩を高らかに唄うテノールが、急にスピードを落とし
「スリラー」のビンセント・プライスの声に負けないほど
おぞましい声に変化して、止まった。

(つづく)

posted by tom at 17:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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