2010年08月31日

年寄りな物語/「青は緑」 01

 老人が信号を待っている。
午前中1台も車が通らなかっただろう短い横断歩道が青になるのをひとりで待っている。
老人は気づく。信号の「青」は実は「緑」なんだ、と。

 ビルの半地下の回廊に降りると、打ちっぱなしのコンクリート壁が涼しい気分にさせる。
老人は葉書を片手に、葉書と同じデザインの手づくりポスターを貼った入口を見つけた。
中にはいくつかの絵とオブジェが展示してある。受付は無人。
彼の勤めていた会社の同僚の息子の回顧展。
 若い芸術家は異国の飛行機に乗って命を落とした。海に落ちた遺体は見つからなかった。

 作品は青臭く無邪気で軽快。しかし、その中でもひとつだけ気にかかる作品があった。彼は何度もその作品のところまで戻って鑑賞した。

 結局、彼が居た20分の間、受付も帰って来る事無く訪れる客もおらず、たったひとりだった。

 老人はギャラリーを去り、時計を見て自販機でお茶を買う。
これまた誰もいない小さな公園を見つけ、木陰のベンチに座り、もう一度時計を見てお茶を一口飲み
「無人の街だな」と言って、眠りにおちた。

 夢の中では老人は青年に若返り、どこかの研究所に居た。
じめじめした研究室の中央では巨大な鉄の注射器みたいなものが半分床に埋まっており
注射液入るところには四角い金属製の箱が入っていた。
老人は、その箱に入ることを強要され、不安が渦巻く。
箱は、彼が入ると液体と一緒にどこかに押し流されてしまうらしい。
これは島流しのような刑なのか?と白衣の男に聞いてみたが
いや調査である。と答えた。

 汗とともに眼を覚ました老人は、目の前に白い犬がハァハァと笑いながら座って居るのに驚いた。
犬は遠くの飼い主に名前を呼ばれて走り去る。
彼はのろのろとお茶を出して一口飲み、ギャラリーのあったビルの方向を見た。

 帰りの電車に乗っている彼の腕には百貨店の紙袋に入った、例の作品があった。
彼は、これは良い買い物、良い出会いだったと思い返した。
窓の外には、日が暮れてにぎやかにネオンがともる街が流れている。
やがてその風景を見ながら、老人の心の中にひとつの計画が浮かんできた。


 老人の買ったオブジェの作品の底にはタイトルだろうか
「2001.06.好奇ノ神(シン)」とかいてあった。

【つづく】
posted by tom at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 短文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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