2010年09月03日

青は緑 03

「あ、どうも。ブーヤンです。」
老人は想像していた風体の間違いに驚き、笑った。
聞いた事のある名前の不動産社名が刷られた名刺を渡したのは
爪楊枝がスーツを着ているかのような若者。彼はすぐに老人の笑いに気が付き
「ガッチャマンに聞いてなかったんですね。太っているんじゃなくて、苗字が『木屋部』なんですよ」
と説明した。
「リサイクル屋の彼は『ガッチャマン』と言うのか」
「山下勝治の『カツジ』がいつのまにか『ガッチャマン』になったんですよ」

 その痩せたブーヤンが案内してくれたマンションは、街の中心になる駅より
少し西側山手に建っていた。
「10年程経ってるけど、まだまだ綺麗ですよ。ただ、間取りが変なのが不人気な理由でして…」
たしかに間取りが変である。正方形の空間がナナメに並んでいて、その真ん中の空間がバルコニーなのだ。しかも端の部屋に行くには雨ざらしのベランダを通らなければならない、というまことに不便な設計だった。
「何だか、田舎の便所のようだな。」
「臭いますか?」
「いや、向こうの部屋に行くのに外を通らなければならないところが」
「はぁ」
 老人は、しばらく3ヶ所を行ったり来たり歩き回り、最後にベランダの角に胡座を書いたまま手摺の外を眺めた。
「…よし、ここでいいか」
「え?今日は他にも二件回る予定ですから、そんなに慌てなくても」
「いや、気に入ったよ」
「本当に?」
「ああ、設計者の意図が分からないところが気に入った」
ブーヤンは、ガッチャマンがなぜこのセミのような老人が面白いと思ったのか、何となく分かってきた。

「君の仕事が早く終ってしまっては会社に申し訳ない。そこでもう一つ用事を増やそうと思うんだが」
「何ですか?」
「このマンションの近くに、君の知り合いは居るかね?」
「知り合い…あ、居るのことは居ますけど、それが?」
「紹介してほしいんだ」
「いや、貴方と話が合うような年齢でもないですし、絵を描いてる変わり者なんだけど、僕自身一年程会ってませんから…」
「変わり者か。それならば、私と同じだね。是非とも会ってみたいな」
「うーん…」
ブーヤンはベランダの床に座っている老人を見なおした。老人はそこから見える街のあちこちにに指を向けて位置を確認している。と、いきなり何かが飛んで来て彼の指先に止まった。
「カミキリムシ」
ブーヤンは、この老人とあのトラちゃんとの出会いによる未知なる化学反応に、俄然興味が湧いてきた。
「その変わり者にもあだ名は付いてるのかね?」
「予備校の時に一緒になったんですけど、僕が会う前から『トラルファマドール星人』でしたね。もっともみんな面倒くさいので『トラちゃん』って呼んでます」
老人は、カミキリムシを指にとめたまま腕時計を見て「おっ」と言い
「トラちゃんか。じゃあ、一度会いたいと伝えてくれるかね?」
「ちょっと待ってくださいよ。トラちゃんの生活サイクルが変わってなければ、今家に居るはずだけど…」
と、携帯を取り出し連絡、
「ああ、俺。元気してた?今からちょっと行っていい?」
ふんふんと頷き「あいよ、買って行くから」と言ながら切って
「待ってくださいね。彼女連れてきますわ」
え?トラちゃんって、女の子?
そう聞く間もなくブーヤンは玄関を飛び出して行った。

「おまたせしましたー」
 しばらくしてブーヤンがトラちゃんなる女性を連れて来た。黒いスリムパンツに黒いTシャツ、白くて細い腕は絵の具だらけ。遅い朝食か早い昼食かが入ったコンビニの袋を床において、さっそくウロウロしはじめる。
「どこにいるの?そのじいさんって」
くしゃくしゃの髪の毛をかきあげると、大きな人形のような瞳がブーヤンを見つめた。
「奥の方じゃないかな」
ベランダに出たトラちゃんは立ち止まり、手摺の外を見て
「…面白い所だね」
二人はようやく奥の部屋で老人を見つけた。一瞬倒れているのか?と思ったが、
老人の両の手を乗せた腹はゆっくりと上下している。
「…寝てるね」
「ああ、寝てるわね」

 夢の中では老人は青年に若返り、どこかの建物の中の長い廊下に居た。
学校らしい。
教室の一つに入ってみた。油を引いた床の上に机はひとつも無い。
教室の端に掃除用具入れが3つ並んでいる。
近づいて開けてみると、中には少年が一人、小さくまるまってすやすやと寝ていた。
起こす事も許されないような安らかな寝顔だった。
そのままとなりの用具入れをあけてみると、そこにもまた一人、少年が寝ていた。
隣と同じ顔をしているが、ホクロの位置が違っている。
最後の用具入れも開けようとしたが、これはなぜか開かなかった。
しかし取っ手から手を離すと同時に中から扉を叩く音が聞こえだした。開けて欲しいと切迫した音だ。
老人は一生懸命開けようとしたのだが、木製の細くて薄い扉が鉄の塊のように動かない。
やがて扉を叩く音は止み、中からか細い少年の声が途切れ途切れに聞こえてきた。
老人は扉に耳をあて、その声を聞こうとする。
「…陽に当てると…に帰るから」
posted by tom at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 短文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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