2014年10月08日

家の人の話

17年といえば、オギャアと生まれた赤ちゃんが「はよ行かんかい!」と母親に蹴られて自転車に乗って高校へ行くぐらいの歳月がある。ウチの奥さんはその歳月を専業主婦で過ごした。
なんと僕のふぐ刺しのような薄給でヤリクリをしてきたのだ。それも仕方ない、彼女自身が人付き合いを嫌っていたためである。
本当は彼女こそ外に出るべき性格の人なのだが、上の娘が通っていた幼稚園のママ友との付き合いで手酷い仕打ちを受け人間不信に陥ってしまったのだ。引越の要因になるほどに。
この頃の話し相手は僕しか居なかった。毎日毎晩いろんなことを話した。今でも普通の夫婦より会話が多いのはこの時のなごりである。
新しい土地でも用心深くなるべく人付き合いを少なくしていた彼女だったが、下の息子が小学校に通うようになったころ、近所にトラブルメーカーなお母さんが出現したことで、子供を守るべく自主的に毎朝、立ち番あいさつ運動をするようになった。内向的にな僕には考えられない行動であるが、今もしている。
その次に子供のスポーツクラブの「世話役」当番もまわってきて、人が苦手といいながら天性のまとめ役的な性格を発揮する。
そこへ僕の退社無職騒ぎ。彼女は、半年間怒りもせずにプータローのおっさんと一緒に買い物し昼飯を喰い昼寝して晩飯を作った。この時も飽きもせず毎日毎晩よく話した。
僕がようやく社会復帰するも、さらに避妊用具のごとき薄給。
「さすがにこれでは4人暮らしもいつまでもつか....」
機会はひょんなところからやってくるとは言われるが、実は面白いことに彼女は知らずのうちに社会復帰の階段を一段ずつ上がってきたように見える。
一番新しい一段を昇らせたのは僕自身だったのだが、段取りをするのはいたずらっこがいたずらを用意してるような面白さがあった。

ということで今日僕の働いてる職場に彼女が面接に来た。
元々僕らは同じ会社で働いていたので、僕が新しく入った会社も彼女に合うのではないか?と考えたのが発端。そして会社が家の近所ではなく街中にあることが気分転換になり、新しいことを考えるのに良いと僕自身が体感したこともあったし、何よりも「面妖な」という言葉が似合う社風が彼女が気に入るのではと思ったのだ。
面接は耳で聞いている限り良い流れで進んで、社内見学に。
ところがそこまでだった筈がなぜかその場で採用、全社員と挨拶済ませてそのまま子供が帰ってくる時間まで働いた。
これはちょっと予定外。
交通費も全額出すって、僕の試用期間よりも待遇良いのはどういうこと?

彼女の17年ぶりの社会復帰は比較的スムーズに成功。
家に帰ってから「あの作業は」「あの人は」といろいろ会社について意見を交換し、気疲れしたのか彼女はいつもより2時間早めに床についてしまった。

週3回の出勤がいつまで続くのか分からないし、夫婦が同じ職場で働く難しさも知っている。
しかしよいではないか、取り敢えずはこれが一歩目と。
だから人生は面白いのだ。
posted by tom at 01:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族の笑像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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