2015年05月25日

「ドクトルジバゴ」(1965米伊)

幼くして両親を無くし、親戚の元で育てられたジバゴは、医師の道を目指す途中、ラーラという女性と出会い、内戦、革命の嵐の中で人生を翻弄されながらも、運命の交錯を続ける。

デビッド・リーンによる、まさに大スクリーンで観るべき作品。
ただし、お話は面白いかと言えばちょっとくびを傾げるかな?なんせ主人公ジバゴがフラフラしている。フラフラしないとドラマが生まれないのだろうが…
幼馴染みの従姉妹を本当に愛して結婚しているのに、街で再会したラーラの家に行き、ベッドの上で彼女から「私達どうなるの?」と聞かれて「分からない」と答える。大自然を前になんともみみっちい気分になる。
彼は医師の卵でありながら詩人でもある。この詩の内容が当時の検閲に引っかかり、何かと苦しい状況に追い込まれるのだが、その肝心の詩がどんな物なのか、出てこない。ただ度々ロシアの移り行く大自然をウットリと眺める場面があるくらい。
あ、あとは机に向かって何か書いてたかな。けど詩自体はワンセンテンスも出てこない。
彼の生まれを示す母方の形見であるバラライカ。
メインテーマにも使われていますが、彼自身が弾かないのでほとんど物語に関わって来ない。
 物語の狂言回しとなる人物がジバゴの腹違いの兄、この人が本当に本編とほとんど関わりが無い。そのくせ主人公の窮地にパッと登場してささっと彼を助けてしまう。彼が権力を持つ立場だからなんですが、彼自身がナレーターとして語るから照れているのかしれっと次の場面に行ってしまう。何だかゲームのチートモードを使ってるみたい。
主人公もさることながら、ヒロインラーラの男運というか下半身事情が見た目より健全で無いのが頭痛い。何故ジバゴの兄までなの?ファムファタル?
個人的には卑屈な性格をこじらせたラーラの夫ストレルニコフにもう少しバタバタして欲しかったのだが、最期も知らんうちに死んでいて残念。
主人公よりスケベオヤジコマロフスキーの方が人間臭くて面白いよね。
怪優クラウス・キンスキーがどこででてるのかと見直したら、腐った性格の護送犯という相変わらずの役柄だった。

 しかし、そんな欠点だらけの物語を補って有り余る魅力があるのがこの映画の映像。どこを取っても驚きの連続。
移り行くロシアの広大な自然の光景はもとより、人物に建物内を立体的に歩き回らせることで奥行きを出す手法。
狭いラーラの下宿先さえ歩き回り、そこにリアルを見出す。贅沢です。
解放軍の勝利ですべての者が平等にと、自宅を勝手に分割され、他人に住まわれ
居心地が悪くなった都会から田舎への列車での疎開。
ホームに寝泊まりして列車の到着を待つ群衆。
いく日も取り替えられない藁の敷いた車内での家畜の様な日々。
連日雪景色をひた走り、吹雪が固まって扉の向こうに氷の壁を作る。
革命の闘士ストレルニコフの弾丸の様に雪山を疾走する列車。
面白い映像が沢山!
そして音楽が鳥肌立つ程良い。オープニングが大好き。

デビッド・リーン。『ロレンス」「ライアンの娘」「旅情」「インドへの道」と観たが、なんだろう、どれもいまいち物語の人物に共感できないんだよね…。
posted by tom at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | Film | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック