2008年04月05日

(完成してない物語)「憧憬」の一

昨年の10月ごろに書き始めて続きが止まっている物語です。
腐る前に、途中でも出しておきます。




夜、雨が降っている。
粗末な木のドアをたたくと、奥から彼の妻が出てきた。
「あらどうしたの?今晩は夜勤じゃないの?」
「Mは中に居ますか?」
「居るけど、どうしたの?」
男は懐から書類をだして彼女に見せる。
「彼に逮捕状がでた。これから署まで同行願う」
男の後ろに待機していた灰色のコートを着た警官達が一斉に家の中になだれ込んで
Mを探し始めた。うろたえる女。
「一体彼が何をしたと..」
「危険物の所持です」

家は縦に細長く螺旋状に階段がのびている。男達が雨の雫を落としながら下の部屋からドアを解放して行く。
3階あたりに来たところで一つの部屋を開けると手前に重たい黒のカーテンがあった。
下に砂の入ったそのカーテンを左右に広げると赤いランプに照らされた現像室。
奥にもうひとつカーテン。
若い巡査がそれに手をかける。

外で待っている若手達の上に黒いガラスの破片とともに巡査が落ちてきた。
3階の窓から赤い光が漏れて雨粒を血のように染めているのが見える。
「逃げたぞ!」
「Rが落ちた!押されて落ちた!」
「上へ逃げたぞ!追うんだ!」

屋上まで追いつめられ逃げ場の無いMは、強風の中、段ボール箱をかかえて同僚達を睨んでいる。
「さぁ、あきらめてこっちに来るんだ」
「...いやだ」
「お前は、公僕の立場でありながらそういうものにかぶれているのは良くない事だ。だれがそんな事を吹き込んだのかは知らないが、お前は疲れているんだよ。お前のやったことは、ここでだけでおさめようじゃないか。さぁ、それと一緒にこっちに戻ってこい」
「...お前達は、見えないのか?知っているのに何故それを知りたいと思わない?俺はこの望遠鏡で見た、いや、偶然見てしまったんだ。けど、こんな望遠鏡なんてなくたって見える事もわかった。そして、お前達が、見えるのに、見ようとしない事もわかった。どうして、いつでもこんなに美しいものがそこにあるのに...」
Mは鱗に覆われた親指を使い、箱の中から一枚の写真を取り出して同僚達に見せ、近寄ってきた。
「みんな見るんじゃない!眼をつぶれ!」男は慌てて叫び自分も4つある眼をつぶった。頭の後ろのにある2つ目の口から白い息が漏れた。
「よく見るんだ。その気になればすぐにでもこんなところに戻れるのに、どうして暗い世界に閉じこもっているんだ?!」
よろよろとやってくるMを寄せ付けないために男が振り上げた手が、箱に当たって中の物が散らばった。沢山の写真。
いくつかは床のタイルに張り付いたが、残りは風に吹かれて散り散りに飛んでいった。
「ああ!」
Mは同僚達が見ている前で、写真を追いかけて虚空に足を踏み出し、消える。

落ちている写真を拾おうとした若い警官が一人、そこに固まったまま写真を見ている。
男は彼の肩を叩いて立ち上がらせた。
...こいつも、もう戻れないんだろうな。こいつだけでない。皆、戻ってこれなくなった。
もう終わりだ。

沢山の処理することがあったが、男は部下達を家の外に集めた。
「ここの作業は終わりだ。一刻も早く家に帰れ、帰る家がない奴は、好きな女のところに走るが良い。俺も家に帰る。解散だ」

雨まじりの風がいつまでたっても止まない。
人々が通りに出てきて先ほどの写真を拾い上げ、食い入るように見ている。
写真の枚数が、あきらかに増えている。
いつも立ち寄るバー『梟の梯子亭』のマスターも写真を一枚持っており、男に声をかけた。
「最後の一杯をひっかけていきませんか?」
「ありがとう、けど、家に戻るよ」
「そうですか。それがいいですな。娘さんによろしく」

「ただいま」
奥から娘が出てきた。「お帰りお父さん」

二人で静かな食事をした。

食後、だるまストーブを真ん中に二人は向かい合い
娘は編み物を、男は本を読んだ。
外で稲妻のような光がまたたき
バリバリと大きな音がして







私は、ようやく眼を覚ました。
蝉の声が、窓の外で割れ鐘のように響いていた。
私は薄いベッドの上で涙を流しながら
真夏の太陽を恨んだ。


(つづく)
posted by tom at 06:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 短文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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