2011年03月15日

「ご不明な点」とは

 とんでもない状況ですが、思わず笑ってしまった記事です。
「仙谷氏、東電怒鳴る=混乱にいら立ち−政府・民主」

 「どういうことだ。俺を誰だと思っているんだ」。民主党の仙谷由人代表代行は13日夜、計画停電が病院や交通機関に与える影響を東電側に問い合わせた。しかし、明確な回答はなく、「ご不明な点はカスタマーセンターまで」と書かれた紙がファクスで送られてきたため、仙谷氏は担当者を怒鳴りつけた。


この場合「不明な点」=「俺は誰?」ですねw
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2011年03月14日

岩手の盛岡に「佐藤さえ」が居る。

岩手の盛岡に「佐藤さえ」が居る。
佐藤さえとは誰なのか?
僕の大事な友人である。

彼女は、夫婦で市民のお世話をする仕事に就いており
こういう事態には、家の事と同じく外でもいろいろしなければならない立場である。

先ほどようやく家に電気が通ったそうで
3月11日15時47分に出したメールの返事がやってきた。
彼女は、電気の通らない中、懸命に働いていたそうだ。

あの土地で多くの人が彼女に励まされる事だろう。
盛岡の人は、佐藤さえが居て不幸中の幸いだったと思う。

しかし彼女とて被災した一人である。不安も不満も限界もあるだろう。
僕は何も出来ないかもしれないけど、聞き相手ぐらいにはなろうと思う。
彼女が戻って来れる「以前の日常」であればいいのかもしれない。
俺がみんなを助ける!などという「モンスターボランティア」になるのではなく(神戸にもいたよな)
必要にされた時だけ動くのがいいかもしれない。
無力な僕は、今、そう思っている。

岩手の盛岡に「佐藤さえ」が居る。
そこが岩手のいいところだ。
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2011年02月15日

しゅとれしゅでしゅー!

 サラリーマンのみなさんは、糞いっそがしい2月をお過ごしで、
「ああ、ストレスのない世界に行きたいなぁ」などと思ってませんか?

 個人的にストレスの無い世界といって思い浮かべるのがなぜか
松本零士の「銀河鉄道999」で重力の無い世界で家畜業をしているボールのような農夫だったりします。

 さて一日の仕事を終えて風呂につかっているときが一番極楽気分な人も多いと思いますが
聞くところによるとこの「お風呂」という行為自体も本来なら体にストレスを与える行為なんですよね。
 じゃあ、何がキモチいいのかといいますと、結局心的、あるいは身体的な
「下から上」あるいは「上から下」への急激な移行が生み出す摩擦といったようなものなんですね。
あ!今何か卑猥な事を考えましたね、あなた。
いやいいですよ、ソレもそうですから。

熱めのお風呂にはいって「うううううう...はぁあああああ」となる瞬間
お風呂と言う名の暴れ馬を乗りこなし手なずけるんですね。
で、手なずけられずに振り飛ばされるとそれはただの苦痛であるわけですね。

 先日、下の「ジェノサイドフラワー」の横線部分を延々タラ〜タラ〜と描いていて
『ああ、どうしてこんな面倒くさい絵を描いてるんだろう、馬鹿?』と思いましたが
描き終わって『お、いい感じになったなぁ!』とふっと嬉しくなりました。
一瞬で描ける絵も好きですが、時間をかけて仕上げる絵もたまらなく魅力的です。

 だから「ストレスのない世界」などに行ってしまうと苦痛なだけですよ。

 今頑張ってるのは、ジェットコースターがカタカタとてっぺんに行く途中だとでも考えておいてください。ジェットコースターが嫌いならとっても美味しそうな調理の一例写真が載ってるカップラーメンを3分じっと見つめながら待っている途中でもいいですよ。
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2010年12月31日

2010年12月10日

たまに確認しておきたい「変態番付」(2010年12月現在)

「女性の触れた物に興奮」バレーボールや体操服54点盗む 容疑の42歳塗装工逮捕
(産経新聞)

アンサイクロペディアから引用すると
「変態番付」とは、
変態番付(へんたいばんづけ)は、世界の変態を集めてランキング形式でまとめた表である。2ちゃんねらーや国際変態協議会(IHC)の委員が日々ニュースから変態が主人公になっているものを収集してその変態性を審議、順位表として公表している。

巷に変態が出没したときには、番付を確認しておきたいものだ。
以下、2010年12月10日現在の番付である。


【関脇】

・ブルマー持参で小学校侵入、「学校ではくと快感」
・女性宅に侵入し何も盗らずPCのスクリーンセーバーをエロ画像に変えた男
・女子高生に変装し高校に侵入の男 上履きでバレる
・男児4人をトイレに連れ込み、自慰行為見せた奄美大島の男性教諭
・自分に浣腸をしてPAの排水溝に排泄を3年間続けてた北海道の男性教諭
・女子中学生がランニング中、男が「パワーつけろよ」と言って下半身を露出して走ってきた
・三角フラスコとタッパーを持ち歩き、女子高生にチラシを配った男「おしっこ高価買い取り中」
・下半身に直接黒いスプレーをトランクスの形に吹き付け街中を歩き回っていた男
・約1400枚の下着を窃盗→お気に入りを○×で区別。鍋敷きなどにも使用
・ズボンに穴を開け、そこからチンコを出してサイクリング
・ふんどし姿を男子中学生に見せて『変態が来た』と思わせた男性職員懲戒
・車とセックスする男(イギリス) 
・ネットオークションで女性の服を落札し、それを着て性器露出。出品者にその姿を写メールで送信「おはよう かっちゃんです」続きを読む
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2010年11月18日

ムラムラっと

神保町裏通り日記
神保町にある古書店「くだん書房」のサイトにあるコーナーです。

ここの冒頭にあるカレンダーを遡って画像見てるとね....
もうね、懐かしいやら恥ずかしいやらで(これ持ってたなぁ!とか読んだ読んだ!とか)
ほんっとムラムラっと
こんな少女マンガ描きてぇええ!!
って気分になりました。(描けないけど)

それだけです。
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2010年11月16日

濃いわ桃色。精神年齢。恋愛大将。

あなたの精神年齢はいくつ?
今年42歳の僕は、少し前まで27ぐらいと思ってたけど、
最近は、35だわ。
けど「僕」って言葉遣い自体が幼いな。

会社の同い年の同僚が、
「息子(20)も可愛い彼女のひとりくらい紹介してくれたらうれしいのになぁ!」
と叫んでいた。
同い年でも22歳の時に生まれた子供だから、もう大人なのだ。
思えば、彼は子供が高校生の時も同じ事を言ってたな。(笑)
で、ふと「自分の恋愛対象って何歳ぐらいなんだろう?」と考えてしまった。

彼のところの子供は2人とも男。
したがって、女の子との生活(奥さんは別ね)は無いから
恋愛対象がわりと広い(下の方もオッケー)。
それに対して僕の方は娘がいるから、娘の年齢が上がる都度に
それから逃げるように、恋愛対象の年齢が上がって行く。
しかも来年は中学生だから、おそらく学生服をきている女子はすべて対象外となると予想。
同時に自分の精神年齢も自然に上にスライドするんだと思う。

こうやって、男は枯れていくんだよな。ははは。
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2010年11月12日

1991年の立体写真/これは誰?

最近、奥さんのお片付けモードにスイッチが入りまして
毎週おぞましいほどのゴミ袋を捨てております。
その中で「これはどうするの?」と手渡された写真は
おおなつかしい!
当時、立体写真が出来るカメラを持ってたんです。
一度に違う角度から2枚撮ってひとつのフィルムに入れるタイプ。
うつした写真は、専用ビュアーでのぞいて見るようになってましたが、
基本は「平行法」でいいようです。
さて、その写真なんですが...

b318.jpg

これはだ〜れだ?! 
さあ、がんばって見てみましょう!

b319.jpg

え?ボケボケで見にくいって?
そりゃ、その程度のカメラ(使い捨て以下です)で、その程度のフィルムですから。

b320.jpg
 
わかったかな〜?
答えは....
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2010年09月01日

カチカチ、カチカチ、かちかちやま

企業経営を支援する某会社のラジオのCMで「その戦略とは?!」の台詞の後に

カチカチ

マウスボタンをクリックする音がする。
インターネットで当社のサイトを見てみろという表現なんだろうが、
なんとも軽々しくて貧相である。
なんだこの「カチカチ」は?

気分的には

「ドオーン!」

としたいところだろうが、実際の音は「カチカチ」でしかない。
いくら時間をかけて複雑なデータを作っても、相手にメールで送る時は「カチカチ」である。

僕の場合、仕方ないので口で
「ドオーン!」
と言っている。もちろん会社でも。
「おりゃあ!」
「どやっ!」
とかも叫んでいる。

…アホだ。

まぁ、週一回しか髭をそらなくてもいいくらいのユルい会社だから、これぐらいなんでもないよ。
posted by tom at 11:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月25日

アニメ監督今敏逝去-さようならコピペ

先日「東京ゴッドファーザーズ」を見たばかりだったのに、もう死んじゃった。
なんだい。もう。

以下はブログで書かれたらしい遺書らしきもの。
ブログにはアクセスできないので
掲示板サイトで貼られてたものを、さらにペースト。
内容は丁寧で、分かりやすくて、奥深い。
苦痛の中に見え隠れするユーモアや
全てに解放されていく優しさは、素晴らしい。

個人的な文章だけどみんなで読んであげよう。
そのほうが、彼が喜ぶ気がするよ。

40代なら抱えているものも多かっただろうに。
僕自身42歳なのだが、兄が急死してから
死ぬ事自体の恐怖が減ってしまっている。
「向こう」にいる知人も増えて来たからね。
それ以上に残した家族や会社の仕事の方が気になるのだ。
その点この人は出来る限りの努力をしている。
自分なら、これほどきちんとした終わり方が出来るだろうか?


96 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:52:46 ID: ru/YFmbr

2010年8月25日(水曜日)
さようなら


忘れもしない今年の5月18日。
武蔵野赤十字病院、循環器科の医師から次のような宣告を受けた。
「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」
妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽な運命だった。
普段から心底思ってはいた。
「いつ死んでも仕方ない」
とはいえあまりに突然だった。

確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、
改善されることはなく、MRIやPET-CTなどの精密機器で検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。
気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。

宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。
頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。
どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。
「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」
しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。
病状は確実に進行する日々だった。

一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。
だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、
「ちゃんと死ぬための用意」
にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。
その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。
もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。
無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。

97 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:53:35 ID: ru/YFmbr
手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。
後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書に最後のサインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。
「はぁ…やっと死ねる」
なにしろ、その二日前に救急で武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。
医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。
「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」
聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。
それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。

ということで早速腹はきまった。
私は自宅で死にたい。
周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。
妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。
あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。

妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。
寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。
「死ぬってのも悪くないかもな」
理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。
ただ、一つだけどうしても気に入らない。
「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」
と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。
「やれやれ…カレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」
こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。
死の世界とシーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。
死ぬのもツライよ。
断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。
ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。
私が暮らしているあの家へ。

98 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:55:09 ID: I4ycKWp9
>>96
すい臓癌って癌でも絶対治らない部類の奴じゃないか・・・・

99 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:55:24 ID: ru/YFmbr
少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。
自分と自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい。

さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。
ところが。
肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。
ありゃ?
ある意味、こう思った。
「死にそびれたか(笑)」
その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。
不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。
妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師や看護師、ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。

生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。
エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。
そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。
実はガンのことはごくごく身の回りの人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。
インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。

死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。
家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画の世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメの世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、
監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。

出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。
回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。
それに、骨への転移への影響で下半身が麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。
病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏のわがままも理解してやっていただきたい。
だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。
顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。
みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。
自分の生きた世界を愛している。
そう思えることそのものが幸せだ。
100 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:56:07 ID: ru/YFmbr
私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。
その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。
いま死について思うのはこういうこと。
「残念としかいいようがないな」
本当に。

しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。
両親とマッドハウス丸山さんだ。
今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。
遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。
許しを乞いたいような気持ちだった。

自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。
「すいません、こんな姿になってしまいました…」
丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。
感謝の気持ちでいっぱいになった。
怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟な表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。
勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。

一番の心残りは映画「夢みる機械」のことだ。
映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。
何せ今 敏が原作、脚本、キャラクターと世界観設定、絵コンテ、音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。
もちろん、作画監督、美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。
そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。
スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。
けれど少しは理解もしてやって欲しい。
だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。
かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。

101 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:56:58 ID: ru/YFmbr
私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。
丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、
「大丈夫。なんとでもするから心配ない」
とのこと。
泣けた。
もう号泣。
これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。
今回も同じだ。私も進歩がない。
丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。
才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。
何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。
確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。
それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。
今 敏はアニメーション監督としても幸せ者でした。

両親に告げるのは本当に切なかった。
本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。
「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」
突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。

102 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:57:19 ID: +Pva/pBl
>>96
もう死を覚悟していたのか…
今までありがとうございました。
103 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:57:48 ID: ru/YFmbr
それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。
一大決心をして親に会うことにした。
両親だって会いたがっていた。
しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。
私は本当に幸せだった。
ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。
私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。
寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。
「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」
何も言えなかった。

両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。
顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。

ありがとう、お父さん、お母さん。
二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。
数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。
幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。
本当にありがとうございました。

親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。
特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。

両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。

104 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:58:12 ID: x9gYtDXr
違法アップロード者は膵臓癌にかかって死ねとかいうツイートがあったなあ
その直後にこの訃報のツイートか
あんまりにも皮肉というか

105 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:58:52 ID: 1Tv1FSkF
ほれ見ろ。
ちゃんと何処も追悼・おくやみ記事を用意して公式発表に備えてたんだよ。
この場合は公式発表前に報道する方が非常識なんだよ。


改めてご冥福をお祈りいたします、今監督。
106 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:58:57 ID: ru/YFmbr
最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。
あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。
でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。
「私、最後までちゃんと伴走するからね」
その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。
「私の妻はすごいぞ」
今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。
私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。
思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。
けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。
生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。

気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。
最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。
自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。
しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。
深く深く感謝いたしております。

107 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 14:59:39 ID: ru/YFmbr
そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。
株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。
本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝の言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。
2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。
何から何まで、本当に世話になった。
で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。
そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。
心から頼む。

さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。
世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。

じゃ、お先に。

今 敏


108 名前: 見ろ!名無しがゴミのようだ! 投稿日: 2010/08/25(水) 15:04:45 ID: cQ77LWOK

涙とまんねえよクソ


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2010年08月18日

ちまちま

お盆でやんした。
いかがでしたか?
僕の方は、親戚がキトクになりまして
休み明けの仕事を前倒しでやりましたので
ただの週末2連休で終わってしまいました。
先日まで話していた人が、もう語る事無く
チューブだらけで寝ているのを見ると、なにかとても虚しくなってきました。
何をしても、何を残しても、食っても、出しても
生きても、全部無くなっちゃうんだよなぁって。
虚しい。
けど、そこがいい。

最近、小説の投稿サイトを利用して昔の作品を置いてみる事にしました。
しかしどうもこそこは、既存のマンガやラノベの二次創作がメインのようでした。
僕の作品はオリジナルが多いですが、読みにくい上に若い子達が食いつく内容ではないんですよ。
評価やコメントがもらえる形式なのに、僕のような少し違う毛色ではほとんど何も反応が返ってきません。あたりまえですわな。
ただ、一作だけ新作を置いてます。
これも若い子達が食いつく内容ではないのですが
シリーズものなので閲覧数の変化を楽しみにしています。

少し前まではこういうサイトは「素人の馴れ合い」だと軽蔑してましたが、最近は、プロの登竜門である雑誌自体も金のある同人誌のようにウスッペラな感じになっちゃったし、webで出してる作品の方が真剣勝負にでてるのもあったりして、ちょっと考え方を変えてるところなんです。あいかわらず馴れ合いの部分は多いですけどね。

それと、僕が人恋しい時期にきたのかもしれない。
このブログにも2日前からようやくアクセスカウンタ付けたし。
良しも悪しも553も記事書いてると、毎日50件ほどアクセスされるんだ。(アクセスした人、内容薄くてゴメン)
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2010年08月06日

「戦のカンツォーネ」Canzone Fra Le Guerreアントネッラ・ルッジェーロ

見知らぬイタリアの人が、僕の好きなアントネッラの歌に
ぴったりの映像をつけていました。
この日に観るのもいいでしょう。



Dormi qui
non pensare,
bimbo mio,
oggi ? notte intorno a noi
notte di guerra senza piet?.
Mani qui
vicino a te,
bimbo mio,
piena d'odio contro di' noi,
piccolo mio non guardare.
Come vorrei fuggire via, portandoti con me.
Donarti la vita si, la mia,
un ultimo abbraccio
e un bacio mio
su di te...
Gente qui
accanto a noi,
bimbo mio,
ed un corpo sopra di me
piccolo mio non guardare.
Come vorrei fuggire via, portandoti con me
Donarti la vita si, la mia,
in questa notte tremenda, per lui, ...Dio, ...si,
prendi me.
Donagli pace e libert?
e tutta la vita per s?
donagli luce die sar?
un ultimo abbraccio
e un bacio mio
su di te...
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2010年08月04日

いち、に、三人の死

村崎百郎というモノ書きが死んだ。
たしか「危ない1号」という雑誌で読んだはずだが
あまりおぼえてない。
他人のゴミをあさるなどのキワモノのルポをしていた人らしい。
僕自身は昔兄が買っていた「HEAVEN」「デラべっぴん」での
ルポからキワモノ知識を貯えていった。自分ではとっても買えないシロモノだった。
雑な知識はエロと一緒の椅子に座っており、それが新しい世界をかいま見せてくれていたのだが、その楽しみは常に乾いた笑いで、後には無常観が残るものだった。だが、それがいい、といったところか。
まぁ、かっこよかったんだよね。
村崎という人は結局自分の書いた文章に「騙された!」人によって殺されたのだ。ここにもやはり乾いた笑いと無常観が残る。笑いとは失礼かもしれないが、その人生をそのジャンルで全うしてしまった処に笑いがある。

111歳の老人が30年前に死んでいた。
ある掲示板に
「ドアを開けなければ老人は死ななかった」
とレスがあり、それを受けて
「シュレディンガー爺か!」
と書き込んだ者が居た。

今野雄二が自殺。
「モンティパイソン」の進行役がはじめてだったか、「11PM」でみたのがはじめてだったか。(昔は家族全員布団で「11PM」みてたんだよね。なんだったんだろあの状況は...)
独特の紳士的な喋り口調だったんだけど、数年前に女性より男性の方が好きな人だったと聞いて納得した。別にそれは悪い事ではないけれどね。最近はパートナーは居なかったのだろうか。
思い出すのはトーキングヘッズのライナーノーツや歌詞の訳などをしていてアルバム「トゥルー・ストーリー」の中の一曲「パパ・レグバ」の歌詞訳が超訳になってたことかな。
この「トゥルー・ストーリー」はボーカルのデヴィッド・バーン自身が監督してミュージカル映画にもなっていて、問題のその歌が出てくるのは占い師のシーン



There is a queen
Of six sevens and nines
Dust in your garden
Poison in your mind
There is a king
That will steal your soul
Din't let him catch you,
Don't let him get control.


占いの内容だから、今野氏はかなり意味深な訳をしていたけど
字幕を見る限り、めっちゃストレートだった。
別にそれは悪い事ではないけれどね。
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2010年07月30日

「国立国会図書館」と書いて「宝庫」と読む。

国立国会図書館内の電子図書館コーナー


●近代デジタルライブラリー
当館所蔵の明治期・大正期刊行図書を収録した画像データベースです。平成22年7月現在、約170,000冊を収録しています。収録されている資料は、児童図書と欧文図書を除いたもののうち、著作権保護期間が満了したもの、著作権者の許諾を得たもの及び文化庁長官の裁定を受けたものです

●貴重書画像データベース
国立国会図書館が所蔵する重要文化財、彩色資料等の画像データ(957タイトル、約51,000コマ)を検索、閲覧することができます。

●児童書デジタルライブラリー
国際子ども図書館・国立国会図書館で所蔵している昭和30年以前刊行の児童書の一部について、全てのページをデジタル画像でご覧いただけます。

●インターネット資料収集保存事業(Web Archiving Project)
インターネット上のウェブサイトや電子著作物を収集し文化資産として保存するプロジェクトです。

●デジタルアーカイブポータル(PORTA)
わが国の電子情報資源や情報提供サービスへナビゲートする総合的なポータルサイトです。当館のデジタルアーカイブに加え、国立公文書館や青空文庫等の協力機関の複数のデジタルアーカイブを対象に一元的な検索を可能とし、利用可能なコンテンツやサービスへ案内します。

...膨大すぎて....まさに「砂の嵐にか〜くさ〜れた〜♪」だな。
青空文庫と違うのは、本そのものをスキャンして公開してるところ。図版、図柄などだけでも目からウロコ大会!
PORTAの「検索対象アーカイブ一覧」を覗くとさらに目眩がしてきて...
悲しいかな、検索しようにもバカだから何から検索していいか思いつかない。
とりあえず児童書でものぞいてみようっと。
posted by tom at 05:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月17日

ひとりミッカカン

はい、今夜は一人です。
奥さんと二人の子どもは友達とキャンプに行っちゃいました。
仕事が今日も明日もある僕は、居残り組です。
いきなりの独身生活です。
お金も無いので、夜はビデオでも見ときます。
がんばってコワいのとかキッツいのとか
普段見れないやつみときます。

しかし、話をする人が居ないって寂しいね。
posted by tom at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月05日

ゆうれい

最近流行っている「ラブプラス」だったっけ。
あれ、変で面白いよね。
以前見た「東のエデン」っていうアニメに出て来た「エデンシステム」とか、「セカイカメラ」ってのが近いかも。
出てくる女の子はヌルヌルとした動きなので違和感あるけど。
人に近い動きほど気持ち悪いってブキミノタニマだな。

みんな今見ている世界に飽き足らなくて、もう一つの世界を構築しようと
そこに行こうとしてるね。「逃げる」って表現はとりあえずやめとこう。

風景に音楽が加わると意味が出てくる。
ウオークマンからはじまる音楽プレーヤーも、同じだよね。

その世界を他の人と共有すると、
それは架空でなく実際にある世界に変わるわけだ。

諸星大二郎の短編に「感情のある風景」という傑作がある。
思っている事が頭の上に幾何学模様として浮かぶ世界の話。
(そのかわり顔に表情はありません)

なんかそれを思いだしちゃった。
posted by tom at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月22日

fase of flowers

PICT0010.JPG
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2010年06月21日

きゅうり

PICT0001.JPG

葉っぱがおかしいところから出ていますが。
posted by tom at 01:44| Comment(5) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月16日

思い出せ、君は何が怖かったのか?

思い出せ、君は小さい頃、何が怖かったのか?



僕は「チョコベー」のCMだった。


放課後の校庭は怖い。


夜中、真っ暗な枕元で聞く
ビートルズの「アデイインザライフ」だった。


ジョン・レノンがジョージ・マーティンに「ゼロから始めて、世界の終わりのような音を出したい」と言ってアレになったらしい。無限地獄に放り出されたような気分になって窒息しそうになる。
しかし、それがいい。

2時間スペシャルに出てきた宇宙人のイラストだった。
目の間のところを指でつまむと、その宇宙人そっくりの顔になるのを面白がった兄姉がその顔をして追いかけてくると、泣いて逃げた。

ドラマ「部長刑事」のオープニング曲だった。

我慢してみたのは筒井康隆が脚本を書いた回のみ。オープニングに検死官役で登場してたっけ。

つのだじろうのコミック「亡霊学級」に出てくる、便所の手だった。
小学生高学年のくせに、トイレに行けなくなって
姉によくついて行ってもらった。姉はわざとドアをバンバン叩いて怖がらせた。トイレで悲鳴を上げていたな。

山岸涼子のコミック「汐の声」は怖過ぎて、今でも読む気にはならない。あれは、漫画としても面白いが、夜中に一人でリビングに居る時はけっして思い出しては行けない。

君は、何が怖かった?
posted by tom at 22:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月14日

帰還

ピクチャ 3.jpg
posted by tom at 06:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする